“ある時点を境にbefore/afterに分断し、良くなったとか悪くなったとか、あるいは良くなるとか悪くなるとかと論じるこの普遍的な言説型は、しかし人間のア・プリオリな認識のカテゴリーと言えるのだろうか。これ自体がメタ・イデオロギーなのかもしれない。それは進歩主義と復古主義を同時に生み出しうるが、「復古が進歩である」と考える点で同類だろう。”

“国際標準化機構は「ユーザビリティ」を「個々のユーザーが個々の環境の中で、 有効性、効率、および満足を充足する特別の目標を達成できる度合い」として定義づけたのである。不幸にもこの定義は、ポスト工業化のディスコースへの工業化時代の機能主義と目的的合理主義の再導入であった。”

クリッペンドルフ『意味論的転回』





難しい論理も、すべて図解できる。図解できない論理などない。

論理式は図解できる。図解できないなら、それは論理ではない。


スタートアップ界隈ではもっと「イノベーションのジレンマ」「破壊的イノベーション」「キャズム」という共通言語が使われてもいいと思う。できれば原典となる書物をちゃんと踏まえた上で。それ自体を読めとは言わないが、せめて適切な要約を読んで概要をつかんでおくくらいのことは。

ちなみに「キャズム」という言葉を誤解している人が多い。「適切なプロモーションによって、ユーザーをキャズムのこちら側へ引き寄せる」といった誤用をしばしば見かける。言いたいことは分かるが、その人が「キャズム」を正しく理解していないことも分かる。キャズムを超えるのは製品であってユーザーではない。これは決して些細な問題ではなく、キャズム理論の前提や適用可能範囲を理解しているかどうかということ。キャズム理論は普及学のモデルに依拠しており、そのうえで「ある種のハイテク製品にはキャズムが生じる」という前提から出発している。

理論の誤用を避けるには、その理論の前提と適用可能範囲を理解しなければならない。

参考:情報システム用語事典:キャズム(きゃずむ) - ITmedia エンタープライズ

なお、昨今「リーン・スタートアップ」や「顧客開発」が実践されている。それらの手法はキャズムの手前側、ベンチャー投資的には「シード段階」を問題にしている。一方、「キャズム超え」はもう少し成長した段階の事業にとっての課題だ。


“下宿していた家のご老人は非常に親切な方でヒヨコを飼ってたのですが、冬あまりに寒かろうといってお湯を飲ませたところが皆死んでしまったという。先生は「君、笑ってはいけない。これが日本人の親切だ」、といっておられますが、これがですね、まさに日本的な親切なんです。ひとりよがりなんですね。”

山本七平botまとめ/【ひとりよがりの日本人①】/なぜ自分がそう考えるかの意識ゼロ/自分の考え方は真理だと信じている/相手と自分を混同してしまう - Togetterまとめ (via pudknocker)

Source: pudknocker


「日本人には主体性がない」と言われる。主語を重視しない文法を使っている限り、主体性など立ち上がらないだろう。日本人を主体的にするためには、日本語の文法を変える必要があるだろう。主語の省略が減点になる国語。


“この病気を治すには簡単な方法があります。それは数字が悪くなったら言い訳をしないルールを定めることです。予想の売上がまったく到達しない時、赤字を出した時、競合他社に負けた時、まったく言い訳を聞かず、人事の見直しを断行することです。 やってきた人間はどうしても愛着を持ち、過去否定ができないのです。無理やり自己否定をさせるよりも、その人を別のプロジェクトやポジションに据えかえたほうがお互いのためになります。職人根性も商人魂も良いことです。しかし、「何を作るか」を職人に任せることは、「どう作るか」を商人に任せると同様、牛を競馬に出すようなもので、悲劇です。”

牛を競馬に出す悲劇: 宋文洲のメルマガの読者広場

Source: soubunshu.com


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