"たとえば、2008年の金融危機が勃発したプロセスにおいて、ウォール・ストリート、シティといった金融街でベスト・アンド・ブライテスト(超一流の人材)とみなされていた人々は、ハイリターンのデリバティブ商品の開発という仕事に表象された高い社会的地位をめざして競い合った。彼らの「強欲」ぶりが、結果的に悲惨な帰結をもたらした元凶としてしばしば非難される。そうした強欲ぶりとは、このケースでははたして何を意味したのだろうか。クオンツと呼ばれたファンド・マネージャー間で展開された競争は、金銭的利得のあくなき追求という単なる経済的競争ではなく、名声、畏敬、嫉妬などといった感情的利得をもたらすような能力・知性の顕示という社会関係的競争でもあった。かくして彼らにとっては、追加的に数百万ドルのリターンを生み出すということ自体はもはや大した問題ではなかったのかもしれないが、こうした社会関係的なラット・レースには上限はなかった。ファンド・マネージャーの報酬が彼らの短期的な運用実績によって評価される、という経済取引ゲームのルールによって、社会関係ゲームにおける彼らのラット・レース文化がもたらされた一方、社会関係ゲームをプレイすることによって、経済リスクを内生的に拡大するような経済行動を選択させる動因が生じたというように、経済取引ゲームと社会関係ゲームは連結されていたのである。最大のあやまちは、インセンティブ契約のデザインにあったといえるかもしれないが、いくつかの主要金融機関の目をみはるほどの大失敗が生じた理由は、そうした文化にとりこまれてしまった人々のマインドセットにあったともいえる。これは、ゲームの安定性を根底から揺るがす自己破壊的効果をもたらした不安定なフィードバックの一例である。"
— コーポレーションの進化多様性 ―集合認知・ガバナンス・制度 についての石橋秀仁(zerobase)さんのレビュー - ブクログ